利権

2006年12月8日 その他創作
 「…はあ、…はあ、… … …はぁ〜〜〜〜〜っ」
 荒い息を整えるように一発深呼吸。やれやれ、今回もなんとか撃退できたか…。
 さてっと。例によってさっさとここ離れて、誰にも見られないところで変身解かなきゃな。

 …と、そんなわけで僕は変身ヒーローという奴だったりする。
 突如名乗りを上げて暴れ出した悪の組織の怪人に両親を殺されてしまい、危うく僕もやられそうになったところを微妙な雰囲気の(奇妙な、ではない)白衣の中年男に助けられ、怪しみながらついていったらいきなり改造手術されて今こんなである。
 まあ、僕のほうにしても両親を殺した怪人をこの手でボコれて満足したんだけど、この中年男が年甲斐も無く正義を振りかざす困ったおっさんで「組織を壊滅させねば君の復讐は終わったとは言えんっ!」とか言い出して僕の体を元に戻すのを拒みやがった。
 その上おっさんの持ってる「正義の意思」ってやつは悪の組織に対してだけじゃなく普段の生活一つとっても合わなくちゃならないらしく、しょっちゅうボランティアに参加させられている。面倒だっつうのに…

 「あー疲れた」
 「ご苦労さん! 今日はもう大丈夫だから帰って休んでな」
 で、とどめは悪の組織との戦いですらタダ働きときたもんだ。疲れて研究所に戻ってもメシの一つも出してくれない。
 「…毎度思うんだけどさ。おっさん僕にどんだけ無賃労働させるつもりなワケ?」
 僕の言葉におっさんはぴくっと片眉を上げた。
 「無賃とはなんと! オノレが救った人々の笑顔に加え、そんな人々の平和を乱す怪人をその手でぶち倒せるという二つの喜びに勝る価値など他に無かろうが!」
 「そりゃ怪人をしばき倒せるのはストレス解消にすっごく役立ってますけど、どっちも腹はふくれないでしょうが! 大体そのストレスもほとんどおっさんのせいだし」
 ほんっとに正義にしても微妙なところがあるしなあ…ぶち倒せるって。
 「武士は食わねど高楊枝だっ!」
 「それで負けたらどうすんですか!」
 「他の者のシフトを伸ばして移すに決まっているっ!」
 うわああああ。これだから。
 さっき、今日はもう大丈夫、と言った理由がこれである。悪の組織は無論組織らしく数が揃っており、二十四時間体制で平和を乱そうと頑張っているわけで…
 それを食い止める僕らも昼夜問わずに張ってなくてはいけないんだけど、休まないわけにもいかないので頭数の分だけシフトを組んで一人一人対応しているのだ。
 本来僕らは戦隊のはずなのに、集まったことなど一度も無い。見たことすら無い人もいる始末…ちなみに専用マシンなど無いし、当然合体ロボットも無い。無い無いづくしだ、しぃっと。
 「つーか、僕たちにこんな改造手術できるぐらいなら少しはお金あるんでしょ! マシン作れとか言わないからメシぐらいくださいよ!」
 「だが断る!」
 「ふざけんなー! おっさん、僕の血縁全滅してるってこと絶対忘れてるだろー!」
 気がついたら知ってる大人の親類縁者全員悪の組織に殺られてるなんて、ひどすぎる。収入ゼロだよ。
 幸いにして叔父が僕宛てに遺産を残してくれたが、大した量もなくて学費に充てたらそれこそ食うや食わざるやの生活で…
 「心配無用、お前の伯母を殺した怪人なら目星がついとるから現れたら真っ先にお前に任させてやるぞ!」
 「そういう意味じゃねー! しかもその伯母って借金漬けでその上いとこ虐待してたオニババだよ! 仇取るどころかその怪人に感謝したいよ!」
 いとこはそのまま孤児施設に引き取られていったから良かったけど。
 「むぅ! 何であろうと命は命、奪うなど許されん! それを喜ぶとは何事か!」
 「問題ある親戚ってホントに厄介なんだよ! 命がどうとか言いたく無いわい!」
 延々終わらないのか、この言い合い…
 そう思ったところで入り口のドアが叩かれ、そのままガチャッと開いた。
 「聞いてたぞレッド! わかる、わかるぞその気持ちッ! うちのババアと同じくらいウザいッ!」
 出てきたのは僕の次のシフトに当たっている三十前の男…うあああこいつもいたんだっけ…
 「あんたは黙ってろよピザデブニートの元引きこもり! ていうかレッドって呼ぶな!」
 「何でそんなに冷たいんだああ! 仲間なんだから仲良くやろうゼ!」
 「うむ、イエローの言う通りだ!」
 「別に悪くも無い実の母親をウザがるニートに同調してんなよおっさん!」
 こんなのと仲間なんて鳥肌モノだよ。それにこいつの母親とは会ったことあるけど、苦労してそうだけど笑顔をたやさない穏やかな人だったぞ。
 「家族もちゃんと生きてて食うに困らないあんたに口出しされたくないんだよ! もういい僕は帰る!」
 「うわー、お前はレッドなんだからもっと明るい熱血少年じゃなきゃダメじゃ…」
 バタン、と後ろ手に入り口を閉めた。
 どうせ居ても余計に疲れるだけだし。メシなんか期待できないし。
 なおも正義をがなり続ける研究所を後に、僕は帰路につくことにした。



 レッドがいなくなり、イエローも(私服で)パトロールに出かけた後。
 「騒がしかったようだけど…二人とも、お出かけしたの?」
 研究所の奥から出てきたのは、おっさんこと博士、の娘。残念なことに顔は美人の真逆だ。
 「うむ。そろそろレッドに隠し通すのはつらくなってきたかも知れん」
 博士が薄汚れた白衣を着ているのは初めからなのでレッドは気づいてないが、これは完全に彼の一張羅で代えは無く、娘もまた同じだった。
 「お父さんもいい人だから、レッドくんみたいな子を見捨てられなかったのは分かるけど」
 「………」
 「苦しいのはうちも同じだから」
 「………全く。何故学会も国も、ここまで堂々とやっている我々に対して何もしてくれないのだ」
 かつて人体をデメリットなく強化できる理論を学会に発表し一笑に付された博士は、悪の組織の名乗り上げにここぞとばかりにその理論を実地で臨床、結果全くの大成功で自衛隊も寄せ付けない怪人の撃破に数々の大きい貢献をしたにも関わらず、どこからも全くの音沙汰無しである。
 それどころかここしばらくは完全にこちら任せにしているのか、自衛隊も出てこないようになった。
 「最近じゃ、ブラックさんまで『助けてやった奴ら、感謝の一言も無いどころか逆に俺を見て訝しげな目で見たり、逃げたりしやがる』って…」
 「…これほどまでに人心が廃れているとは……正義はもはや誰も認めてくれないのか」
 自分たちは完全に体よく利用されている、とは信じたくない彼らだったが…
 学会は一度笑って追い出した相手に頭を下げるほどの屈辱は無いと思っており。
 国は勝手に出てきて勝手に怪人を倒してくれる彼らを自浄作用、都合がいいとしか思ってなく。
 彼らはレッドならずとも全くの無収入。必死の草分け的ボランティア活動も誰も見てやしなかった。

 正義のヒーローたちに対して、現実はあまりにも冷淡で、自分勝手、私利私欲の塊に過ぎなかった。


久しぶりに単独ネタ。一話完結だと気が楽ですな。
…にしても世の中こんなんばっかだと思います。もし現実に怪物襲撃とかなっても特撮っぽくなるの無理ですから。

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