「――――んだ、この時空域…」

 「一部にはプロテクトが…… ……れも隔離世…」

 「何故一部だけ…… ……因果律の定まった瞬間から、共通す……」

 「…係ねえ、かかってなけれ………るだけよ……」

 「……ら、ここはお前に………つでは、由摩では………重い」

 ほんのわずか、なんだかよく分からない力が起こって出来た一瞬の時空の割れ目から、こんなやりとりが聞こえたような気がしたのです。
 それは、全てを内包する会話だったのでした。過去を、未来を、そしてありとあらゆる世界という世界を。
 今ここにいる私は私なのです。でも、ここにいない私をつくるかも知れない、私自身の存在をぐらつかせるような重みを持っていました。私にはそう感じられたのです。
 同時に、“この私”を変えることもないようにも聞こえました。
 今の私を変えないのに、私の存在を揺るがす会話なんて、どういうわけかさっぱり分からないのです。プラナリア並みの思考力しかないような私には当然のことかも知れません。
 …それならそれで、全然問題ないのです。
 どんな理由でも、ここにいる私はいろんな過去を積み重ねてここにいるのですから。
 そうです、それなら今の私でない、別の私は――――
 違う歴史を歩いて、違うところに辿り着いた私がどこかにいても、きっと不思議じゃないとも思うのです。
 「兎呂ちゃーん、どうしたの?」
 「みんなはもう帰ってますわよ」
 …有紀きゅんと綺羅ちゃんが呼んでるのです。
 あの二人と出会えたから…私はここに居場所ができたのです。
 もし二人と会えなかったら……
 それとも、私が人並みに……


 ………それこそ、今のこの私が考えてもせん無いこと、ってヤツなのですね。
 そういうことは、そっちの私に考えてもらえばいいのです。
 我ながら見事なポジティブ思考ってやつなのです。

 それきり、私はそのことをすっかり忘れてしまったのでした。




 「おい」
 「!?」
 ドフッ!
 黒服の男の一人が振り向きざまに腹を打たれ、そのまま地に伏して動かなくなった。
 オレの拳が手加減一発、鳩尾に食い込んだからだ。
 「なんだこのガ…!」
 ゴキィッ!
 例によって最後まで言わせねえ。亜音速で(亜光速じゃないところがミソ、ってーかこんなザコ相手にゃこれでもやり過ぎだ)別の黒服に詰め寄って首に飛び蹴り。本来なら隙だらけになる大技も、高速で放てば立派な暗殺技だぜ。
 連中に走る驚きの一瞬をオレは見逃さねえ。奴らの一人が抱えている、静かに眠っている赤ちゃんをその間にスパッとかっさらった。
 「あっ、てめ…」
 夜中に叫ぼうとは近所迷惑な連中だ。この赤ちゃんも寝てるってーのに、起きられたら泣いちまって面倒だぜ。
 このヤの付く自由業っぽい連中は、今オレが抱えている赤ちゃんをさらって…なんでも、負の感情ばかりを植え付けて育てようとしているらしい。前途ある有望な赤ちゃんをそんな扱いしようとは、オレも許さねーし天も許しゃあしねえだろうよ。
 どこからどうやってさらったのかはオレは知らない。単にCW本部で指定された場所まで返しに行くだけだ…オレがこのタイプの世界に慣れてないから知らねえってだけなんだけどな。
 赤ちゃんを風圧から守りながら素早く運ぶ。建物へは…面倒くせえ、空間移動で入っちまえ。
 そして速攻でさっきの連中のところに戻る。後始末、後始末。
 「…っあ!? おい、ガキをどうした」
 「オレ?」
 「アホぬかせ、赤ん坊だ、赤ん坊!」
 「返すべきところに返しただけだぜ」
 「…なんだと」
 立ってる残り二人のうち、白くてキザっちい方が静かに怒気をオレに向けた。…こいつ、まあまあできるな。少なくとも黒服どもよりは。
 「赤ちゃんさらって悪人に仕立てようたあ、ずいぶん腐れたこと考えるじゃねえか?」
 「何の話だ」
 「とぼけたってムダだぜ。てめーらの目的は知れてんだよ」
 しゃべってる間に残り一人の黒服が銃をオレに向けていた。…バーカ、オレにンなオモチャでどうしようってんだ?
 ヒュッ、ゴグチャッ。
 黒服の指が引鉄を引き、弾が発射されるコンマゼロゼロ…くらい前かな? そんくらいのタイミングで間合いに踏み込んだオレのアッパーが銃ごと黒服のアゴを…あ、鼻っ柱までついでに打ち砕いた。
 ちなみにオレと黒服の間は五メートルほど開いてたが、ザコ相手にそんな距離はゼロに等しい。
 さすがにビビったか、白服がサッとオレから距離をとる。
 「き、貴様……待て、待て!」
 「落ち着け…って言いてえとこだけど、ま、無理か… …!?」
 サッサッとこちらに向けた掌を振って「待て」サインをしている白服だが……これは……まさか!?
 …結論。ノォ。ノォ。ノォォォォ!!
 「うりぃやぁぁッ」
 コイツにはまだ話がある。適当に行動不能にして、かつ話せる状態にもってくには…
 またも距離を一瞬で詰め、オレは…疾る足でそのまま軽く、
 ドコッ。
 「…ッ!」
 股座をすこーんとな。あ、でもなんか、違和感?
 ………おい。なら、しゃーねー……
 瞬時にオレは体勢を下げ、今度はベンケーの泣き所を攻撃!
 これには白服も耐えかねたろう。倒れそうなところを、さらに上体に軽く突きをくれてやって仰向けに倒してやった。
 「…さて、っと」
 「…ッッ」
 右肩口を踏みつけて動きを取れなくして、オレは一呼吸おいた。
 「どうして赤ん坊から悪人を作ろうとしやがんのか。
  説明しな」
 オレの仕事に含まれたのは、赤ん坊の救出、こいつらの撃滅。CWにかかれば別に今オレが聞いたことだって先に知れてしまうのだが、今回の任務にあたって創始者はオレにこのことを言わなかった。
 ま、普段から任務となれば最低限の事だけ聞けば、あとは現地で大抵分かっちまうから別に珍しいことでもないんだが。
 ただ今回はやり口がかなりムカつく方なんで、どうしても聞きたいのさ。
 「…説明すれば、見逃してくれるか?」
 「いんや」
 「…チッ、やるならさっさとやれ」
 …この手の悪人はよく言うな…はあ、今回も本部に戻ってから確認せにゃならんのか。
 オレは掌を白服の心臓の上に当てて…一気に凝縮した気を放った。
 バッ。
 …情けなどかけたくもねえが…いたぶる趣味もねえし、痛みを感じない一瞬で始末するのもオレのやり方だ。
 高圧にさらされた心臓は瞬間的に活動を停止した。放っておいても、これだと心臓麻痺にしか見えない。

 …オレはその場を去った。

 本部に戻る。由摩が別時間軸で白服の母親を矯正して戻ってきていた。
 オレの知った真実は…狂気の沙汰だった。

 厳格な家。刻み付けられた思想。入り婿。強制。恐怖。逃亡。
 新興宗教。追ってきた男。表面上だけだった言葉。発覚。蒸発。残された責。引っ掛けられた傷。
 深み。極端化する思想。出産。…………暴虐。

 オレが元いた世界でも人間同士の戦争はあった。
 その中で人の心が歪むのも、結構見てきた。いかんせんガキの頃だったので当時は分からなかったが、今なら分かる。
 どうして平和な世界でそうなるのかオレには…分からねえ。やっぱり。
 頭がいいと、ややこしくなっちまうからなのかな。
 分からねえや…今でも十分、頭の良くないオレには………


「ファントム」のれびう書くと言って未だ書いてません。そういえばこのキラ×キラシリーズの前二作「僕と先輩とへんないきもの」「僕と先輩と秘密のアイランド」もいつの間にか入手して読了してるのですが、れびう書き損ね…あう。

短編は、まあいろいろと。ある程度本編に触れる内容ですな…
もし未読の方で、楽しみ取っちゃってたら、ごめんなさい。

さてこの本ですが。
作者・本田氏のサイトにあるとおり? まさに「電波男」のあとがきがえんえんと一冊分書かれてるような感じでございました。
前二作はそれぞれ「笑い」と「涙」をテーマにしていまして、「涙」の二作目にしても基本的にお気楽極楽な世界が描かれていたのですが…今回はえらいハードな世界観でこれまでの明るい世界はどこへやら、同じノリで読もうとするとノックアウトを食らいます。
ただ、二作目の途中やラスト付近の話はこちらを読まないと詳細が分かりません。テーマこそ違えど、キラ×キラ三部作の世界観を完全に知るためには欠かせないストーリーです。
表紙を見てもお分かりのとおり、今回は前二作で名脇役(準主役?)をはった錦蛇兎呂が主人公です。過去の話が書かれるというわけで、あのおちゃらけぶりはどんな環境で生まれたのか…涙ならぬ怒りなくしては読めない話が満載です。
どっちかと言えば「電波男」の後書きは読んでないほうが楽しめるかも?
張られた伏線もきっちり回収されており、三部作としての完成を見て取れます。

ただ、一応ぇろ小説扱いなので一般の書店では無いこともあるかもしれません。
かく言う俺は一般の書店で見つけてしまったのですが…でも前二作はありませんでしたけどね。

何か短編も久しぶりで書くのに結構時間を使ってしまったなあと思う次第。

ISBN:4576060805 文庫 本田 透 二見書房 2006/05 ¥680

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