事の発端は、店に長居した夜勤明けの同僚の一言だった。
「道すっげーよ」
その前日の昼間はみぞれが降るほど暖かかった。
南風と雪雲を同時に持ってきた低気圧を死ぬほど恨んだ一日だったが、日が変わらないうちの夜道は単に濡れていただけだった。
「ひょっとして凍ってるんか?」
「行き何とも無かったの?」
うかつに横道に入った結果デコボコに凍った道で自転車を滑らせまくった俺としては微妙なところであった。もっとも、主要道路に関しては全くの無問題のため一部言葉を信じられなかったのもある。今となっては情け無い話ではあるが。
適当に話を聞いてもそれでも俺のアシは自転車だけだ。無論俺の取る道は決まっていた。
しばらくは順調に進んだ。
主要道路に出るまでは足元が凍っていたのを感じて減速して走る。やがて広めの道路に出たら後は高速化した。
市街地を出て少し走ったあたりだろうか。前と後ろの両方に車のライトが現れた。
放って置けばほぼ同時に自分のいるところを通過する。思った俺は通りたくも無いほどの惨状の歩道に避難するため自転車のハンドルを切った。
と同時にたちまちバランスを崩してスッ転んでしまった。
感じていた危険をまともに当ててしまい、何だコンチクショウと思いながら滑りまくっていたのだ。
俺の身体はとうに自転車から離れて膝で滑っていた。次の瞬間には身を起こしたが、地を擦ったパンツの膝の部分は黒く濡れ光り、中身は感覚が失われていた。
俺を離れて自転車はまだ滑っていく…横転した状態で、しかも比較的スピードを出した状態で転んだ為に俺が足で走るより早く進んでいった。
想像してみて欲しい。自転車で滑って転んで泡食って起き上がった男が自分の足以上に速くとんでいく愛車を追いかけているのである。
端から見ると間抜けなことこの上ない。
俺は自爆的妄想をコンマ数秒で脳から消し去り、追いついた自転車を起こして何事も無かったかのように走り出した。
幹線道路に入っていく。
通る道はここ以外には一本しかない(正確には行きに使ったデコボコ凍結状態の裏道があるが)ために車通りの多くなる道である。時間も少し遅めであり、厄介な場所だった。
多少雪道になっていたとしても通る車線を変えれば簡単に車など避けれてしまうのだが、よもや車道が全面ブラックアイスバーン化し、その上歩道の踏み固められた雪までもが溶けかかってその恐るべき滑りのよさを剥き出しにしている。
つまり逃げ場はほぼ皆無、あまり自動車に前後から同時に接近されれば危険、避けられたとしても最悪の場合ブレーキをミスられれば歩道にいたとしても突っ込まれる可能性も残っていた。
こちらも自転車、タイヤで走る乗り物である以上はおおっぴらに車道を使わせてもらってもいいんじゃねえかと思いたいのだが、夜明け間近の田舎道では地面がブラックアイスバーンでも平気でぶっ飛ばす愚か者がいるのでとてもそんな冒険はできそうに無いのだった。
その道の分かりやすい目標まで半分ほど進んだところのことである。
(足元の安定度が極端に失われている……)
来る車を避けようと車線変更を試みて二回目、計三度目のすっ転びを体験した後の俺の感想である。気付くのが遅すぎる。
ほんの少し斜めにハンドルを切るのすら恐怖が入る。まして高速でやってくる車を避けるために急ハンドルなど自分を殺すと言っているようなものだ。
だからと言って歩道に上がるもまた地獄なり。恐ろしく安定の失われた道が俺を待っていた。
ただ歩いているだけでも足が滑るのに、自転車を押しているのだ。もちろん乗って歩道を走るなど論外である。それほどすさまじいデコボコの氷道が延々と続いていた。
陽も上がってきて、車の数も増えてとても車道を走ろうと思える状態でもなくなった。俺は仕方無しに凄まじい歩きにくさを誇る歩道のような道を通らざるを得なかったのである。
…歩道にある、ほんの僅かな段差。車が下りたりするために空いている段差である。
その段差を登るのがこれほど辛いのは初めてだったと言っておこう。
そしてその道が延々と続くのだ。
多少でも急な段差ともなると、普通に歩くなどとてもできない。
デコボコのごくごく小さな引っ掛かりを探して俺の足が数秒さまようこともあった。そう、「バキ」の死刑囚の一人シコルスキーが垂直の壁を登るかの如く。
何度も何度も繰り返した後、俺は心身ともども疲弊しきっていた。
そしてそこに襲い掛かる最後のボス。
俺の自宅の前の、上り坂である。
およそ百メートル。ほぼ全域が、デコボコ歩道と同じ状態だった。
隙とも言える道の両サイド、わずかに固まりきらない雪の部分を自転車をかついで登ったりして、俺は何とか自宅に愛車とともにたどり着くことが出来た。
自室に入った俺を包む安堵感は、今までとは比較にならなかった。
そして心から思えたこと。
…ああ。平和、だ。
――――と。
ほぼ80%以上実話でござる。
ぶっちゃけ今までの冬道で最高にヤバかった道でした。断言できます。
…検索ワードとかは後で。とりあえず休ませてください。疲れた。
「道すっげーよ」
その前日の昼間はみぞれが降るほど暖かかった。
南風と雪雲を同時に持ってきた低気圧を死ぬほど恨んだ一日だったが、日が変わらないうちの夜道は単に濡れていただけだった。
「ひょっとして凍ってるんか?」
「行き何とも無かったの?」
うかつに横道に入った結果デコボコに凍った道で自転車を滑らせまくった俺としては微妙なところであった。もっとも、主要道路に関しては全くの無問題のため一部言葉を信じられなかったのもある。今となっては情け無い話ではあるが。
適当に話を聞いてもそれでも俺のアシは自転車だけだ。無論俺の取る道は決まっていた。
しばらくは順調に進んだ。
主要道路に出るまでは足元が凍っていたのを感じて減速して走る。やがて広めの道路に出たら後は高速化した。
市街地を出て少し走ったあたりだろうか。前と後ろの両方に車のライトが現れた。
放って置けばほぼ同時に自分のいるところを通過する。思った俺は通りたくも無いほどの惨状の歩道に避難するため自転車のハンドルを切った。
と同時にたちまちバランスを崩してスッ転んでしまった。
感じていた危険をまともに当ててしまい、何だコンチクショウと思いながら滑りまくっていたのだ。
俺の身体はとうに自転車から離れて膝で滑っていた。次の瞬間には身を起こしたが、地を擦ったパンツの膝の部分は黒く濡れ光り、中身は感覚が失われていた。
俺を離れて自転車はまだ滑っていく…横転した状態で、しかも比較的スピードを出した状態で転んだ為に俺が足で走るより早く進んでいった。
想像してみて欲しい。自転車で滑って転んで泡食って起き上がった男が自分の足以上に速くとんでいく愛車を追いかけているのである。
端から見ると間抜けなことこの上ない。
俺は自爆的妄想をコンマ数秒で脳から消し去り、追いついた自転車を起こして何事も無かったかのように走り出した。
幹線道路に入っていく。
通る道はここ以外には一本しかない(正確には行きに使ったデコボコ凍結状態の裏道があるが)ために車通りの多くなる道である。時間も少し遅めであり、厄介な場所だった。
多少雪道になっていたとしても通る車線を変えれば簡単に車など避けれてしまうのだが、よもや車道が全面ブラックアイスバーン化し、その上歩道の踏み固められた雪までもが溶けかかってその恐るべき滑りのよさを剥き出しにしている。
つまり逃げ場はほぼ皆無、あまり自動車に前後から同時に接近されれば危険、避けられたとしても最悪の場合ブレーキをミスられれば歩道にいたとしても突っ込まれる可能性も残っていた。
こちらも自転車、タイヤで走る乗り物である以上はおおっぴらに車道を使わせてもらってもいいんじゃねえかと思いたいのだが、夜明け間近の田舎道では地面がブラックアイスバーンでも平気でぶっ飛ばす愚か者がいるのでとてもそんな冒険はできそうに無いのだった。
その道の分かりやすい目標まで半分ほど進んだところのことである。
(足元の安定度が極端に失われている……)
来る車を避けようと車線変更を試みて二回目、計三度目のすっ転びを体験した後の俺の感想である。気付くのが遅すぎる。
ほんの少し斜めにハンドルを切るのすら恐怖が入る。まして高速でやってくる車を避けるために急ハンドルなど自分を殺すと言っているようなものだ。
だからと言って歩道に上がるもまた地獄なり。恐ろしく安定の失われた道が俺を待っていた。
ただ歩いているだけでも足が滑るのに、自転車を押しているのだ。もちろん乗って歩道を走るなど論外である。それほどすさまじいデコボコの氷道が延々と続いていた。
陽も上がってきて、車の数も増えてとても車道を走ろうと思える状態でもなくなった。俺は仕方無しに凄まじい歩きにくさを誇る歩道のような道を通らざるを得なかったのである。
…歩道にある、ほんの僅かな段差。車が下りたりするために空いている段差である。
その段差を登るのがこれほど辛いのは初めてだったと言っておこう。
そしてその道が延々と続くのだ。
多少でも急な段差ともなると、普通に歩くなどとてもできない。
デコボコのごくごく小さな引っ掛かりを探して俺の足が数秒さまようこともあった。そう、「バキ」の死刑囚の一人シコルスキーが垂直の壁を登るかの如く。
何度も何度も繰り返した後、俺は心身ともども疲弊しきっていた。
そしてそこに襲い掛かる最後のボス。
俺の自宅の前の、上り坂である。
およそ百メートル。ほぼ全域が、デコボコ歩道と同じ状態だった。
隙とも言える道の両サイド、わずかに固まりきらない雪の部分を自転車をかついで登ったりして、俺は何とか自宅に愛車とともにたどり着くことが出来た。
自室に入った俺を包む安堵感は、今までとは比較にならなかった。
そして心から思えたこと。
…ああ。平和、だ。
――――と。
ほぼ80%以上実話でござる。
ぶっちゃけ今までの冬道で最高にヤバかった道でした。断言できます。
…検索ワードとかは後で。とりあえず休ませてください。疲れた。
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