物盗考察(上)

2005年5月14日 日常
 毎日の露店での商売。
 一人の買い物客と談笑していると、視界の端で商品のりんごをサッと取っていく小さな影が見えちまった。
 「ドロボーッ!!」
 とりあえず叫んでおきゃあ周りの人にも知れ渡るしな。当たり前だけどすぐに追っかけたぜ。
 この辺りには気のいい兄ちゃんたちが多くてな、そういうのを見るとしっかり協力してくれんのよ。
 で、今回もどこぞの黒い服を着たあんちゃんが泥棒君をとっ捕まえてくれたみてえだ。
 「くそっ、離せよっ」
 「駄目じゃないか、人の店の物盗っちゃ」
 ようやっと追いついたぜ。
 「悪ィな、兄ちゃん。…なんでい、またおめーか」
 「………」
 反抗的な目ばっかりしやがって。
 このガキ、近場のでっかいお屋敷に住んでるおぼっちゃんのはずなんだが…どういうわけだか知らねえが、しょっちゅう一人で外に出てはいたずらばっかりしてやがる。
 街の連中もいい加減ウンザリしててよう、直接かけあったことも何度もあるみてえだ。そりゃ、手足の指じゃ数えきれねえくらいな。
 ところがどっこい話によりゃあ、苦情を言えば出てくるヤツぁきっちり頭下げてるらしいがよ、ガキは全然おさまんねえ。ありゃあ親に伝わってねえにちげえねえよ。
 「いい加減にしろいこんがきゃあ」
 クスリがわりに一発ゲンコをお見舞いしてやらあ。
 ボカッ。
 そしたらソッポを向いてやがったツラをこっちに向けて憎々しげな目で見てきやがった。なんでい、文句あっか。
 「ちょっとおじさん、いきなり殴っちゃ駄目ですよ」
 「なんでい、文句あっか」
 思ったことが口からまんまで出てきちまった。
 誰が文句つけてきたかと思えばさっきの黒い服の兄ちゃんじゃねえか。
 「反発生むだけですから。一度ぐらい諭してあげないと」
 「ちっ、面倒くせえ。坊主は親にひっぱたかれて強くなるもんじゃねえのかよ」
 俺ぁそんな手間のかかるこたぁ苦手だぜ。第一俺もそうやって親父に育てられたんだしな。
 「いいかい少年、お店の物はそのお店の人の物なんだよ。だから勝手に取ったら、それは泥棒だぞ」
 いちいち静かに解説してやがらぁ。勝手にやってな。
 「じゃ返せばいいんだろ。おらよ」
 ガキの手から何か離れて…
 ゴン。ドシャッ。
 振り向いた俺の鼻先にりんごがぶち当たった。
 大して痛かないが…一瞬呆然としちまった隙に落ちたりんごはとっくに再起不能の二目と見れない姿になっちまった。
 「あ゛ーっ」
 「あっ、こら離せよっ」
 「そんな乱暴な返し方はないだろ…」
 でもって逃げようとしたみてえだ…黒い服の兄ちゃんが捕まえてくれたみてえだけどな。
 「それに、返すだけじゃ駄目だ。君は悪いことをしたんだから、謝らなくちゃいけないだろ」
 「別に悪いことなんてしてねーもん」
 「ンだとォ、人の店からりんごかっぱらって俺に投げつけた挙句台無しにしてくれやがって…」
 「すみませんが怒るのは後にしてもらえませんか…」
 で、これかい。ガキのふざけた態度に怒っちゃイカンかよ。
 「泥棒したんだろ?」
 「してねーもん。落ちてたから拾っただけだもん」
 「ふざけんなガキ、ああいうのは落ちてたって言わね…」
 「ですから怒るのは後でお願いします」
 …くっ。そんなに俺のやり方がマズイってか?
 「それにあんなもの一個取られたぐらいで怒るなんてわけわかんねーよ。顔赤くしてキレちゃって、だせー」
 「!!!!!!」
 「……いやだから」
 こんのクソガキが…怒り解禁したら拳骨一発じゃ済まさねぇからな…大人をなめんじゃねえぞ。
 「はぁ、何にしても処置なしっぽいですね。ちょっとお屋敷まで行きましょう。そこで怒っても遅くはないでしょうから」
 …いきなりお屋敷かい。そう言えば俺ぁまだ行ったこと無かったなァ。
 『わしらも同行しますぞ』
 思わずびびっちまった。
 ふと後ろを見るとこの辺で店やってる連中が勢揃いしてるじゃねえか。
 「そろそろ話をちゃんとつけたいと思っていたところでな、せっかくじゃからわしらも連れてけ」
 「店はいいのかよ、小物屋の爺さんよ」
 「そんなもん息子に任せて来たわい」
 「果物屋のダンナ、あんたの店ならあたしの甥に店番やらせといてるから気にしなくて大丈夫だよ」
 ヘェ、米屋の姐さんの。なら安心だな。

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