…フロアが騒がしい。またあいつか?
 バタバタと渡辺が駆け込んできた。
 「店長! 上田君がメニュー読み上げでお客さんとトラブルを」
 「分かったすぐ行く…」
 私は途中で彼女の話を遮って腰を上げた。最後まで聞く必要もない。

 問題のテーブルに着くまでには周囲はその中心部の異様な雰囲気に押されて沈黙していた。
 今度は上田と客、お互いに黙ったまま睨み合っている。
 前よりはマシか…こいつが運悪くクレーマーに当たってしまった前回の騒動は、周りの客も巻き込んで損害もでかかったからな。
 「申し訳ございません、私どもの店員が何か」
 客に謙る私に毎度刺さる上田の視線と客の視線。
 …全く、損な役回りだ…
 客は六十代半ばの老人にも見える男性。一番質の良し悪しが激しい客層だな…
 「あんた店長かい? 店員の教育がなってないじゃないか」
 「はっ、申し訳ございません」
 ここで上田が私に文句を言おうとする。
 そこを渡辺が押し留めて、厨房まで引っ込める。
 もうお馴染みになったパターンだ。
 これが確立するまでは私に対して上田がうるさくてかなわなかったのだ。
 上田は渡辺に気があるのか、とにかく弱いようだ。押さえてくれた渡辺には感謝しなくてはならない。

 なんとかドリンクのサービスで客は引き下がってくれた。
 料理に文句を付ける客になるとタダにしろと散々喚き散らす酷いのも多いので今回は有難い。
 裏に戻ると上田は相変わらず、事後のむくれた顔を隠しもせずに掲示物を睨んでいた。
 「上田君…何度も言うがな、我々はサービス業なんだぞ」
 「知ってます。でも…」
 「でも、客にも悪い所がある、かな」
 「はい」
 私もまた憮然とした表情になっているだろう。
 「人間的な問題をはっきりさせたい気持ちは分かる。そういう意味では上田君は間違っていないよ」
 そう、確かに他人の良くない所を指摘して直してもらいたい、という気持ちは私とて同じなのだ。
 「だがな、私たちはここでは客に食事を提供するという役目以外には余計なことは出来ない。言い換えれば人間同士という対等な関係など無いのだ」
 「しかし! それじゃ人間扱いされてないってことじゃ」
 「その通りだ」
 悔しそうな表情で反論する上田。それを私はばっさり切り捨てた。
 「ここはビジネスの場だ。働きと対等な報酬を得るために自己を捨てている、というと言い過ぎにも思えるが、ぶっちゃければそれが正解なんだぞ。
  バイトだろうが正社員だろうがそこだけははっきりさせておけ。
  上田君はここに何をしにきているんだ」
 「……アルバイトで、給金稼ぎに……」
 問いに対する必要な語句以外、口が次げないのだろう…声も小さかった。
 「そうだろう? ならばこの仕事のルールには従ってもらう。出来なければ、クビにするのが普通だ」
 自分の置かれている状況を自覚してうな垂れる上田。
 「…私もお前のそういうところは嫌いだが、好きでもある。だから今までにあれだけミスや客とイザコザを起こしても……だ」
 握りしめた拳は、自分に対する悔しさか。俯いて前髪の隙間から覗いた目は、そう言っていた。
 「……すみません」
 ようやく絞り出した一言。恐らくまだ完璧には納得しかねるのだろう。
 だが私は。
 「分かればいい。早くフロアに戻ってな」
 これ以上言わなかった。
 上田は早足でフロアまで去っていった。

 まだまだ青臭いところが多い。
 昔の私もそうだったからこそ、その苦悩が分かるというものだ。
 きっと辞めるまで上田はトラブルを起こし続けるだろうが、そんな上田がクビになる日は来ないだろうな。


…あー、またやっちまいました。バイト。
やっぱり俺は接客に向いてないでしょう。
自分の言動を見てみるとどうあっても責任回避しようとしてますし。
自分論理に適った方向に責任を押し付けようとしてしまいます。
客に対してそんなん通用するわけがありませんから。当たり前。
情け無いものです…くう。

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